Home » 風俗コラム » 中区の帝王 » 04 ある女の子の事

開店以来約3ヶ月。オモシロ面接やきつ~い面接など数だけはこなし、その甲斐あって在籍も次第に増えてきた。そしてわが店舗にやってきたのが、今のルージュマジックを作ったといっても過言ではない、ある1人の女の子だ。彼女が入ったことにより、雨後のタケノコのように新店続出のデリ業界の中で1人飛びぬけることができたのだ。

その娘の名前はあ○ね。古くからのデリヘルファンはご存知の方も多いだろう。それどころか広島の風俗業界の歴史を作ったフードルの中の1人として名を挙げても間違いではないとオレは思っている。いや、たとえそうでないとしても、オレの店の歴史を塗り替え、今のルージュマジック(以下R・M)の礎を築いた娘の1人だということはオレの中にある、現在進行形のR・M史に刻み込まれているのだ(歴史はまだまだ続くぞ~!)彼女は他の娘たちと同じく、ポスティング求人チラシを見て面接にやってきた。「今のうちにはいないタイプだ!」そのときオレは思った。しかも彼女は何とかして我が店で稼ぎたいと熱く言う。それならばとオレはかわいい顔の彼女を大ブレークさせるには顔出しするしかない!と1週間かけ、顔を合わせば「顔出し、顔出し」と説得し、何とか顔出しを了承してもらった。ルージュマジック始まって以来の初顔出しギャル。その当時は広島の風俗界では顔出しは少なく「顔出し」というだけで珍しい上、インパクトを見込めるだけのルックスは可愛く、しかも綺麗なあ○ねだから出来たことだ。オレはこの顔出しに勝負を賭けた。俺自身(R・M)の進退を賭けていたといってもいい、それくらいの覚悟だった。

果たして顔出しの効果は本当に?とは微塵にも思っていなかったが、その通り予想は見事に的中!まずネットに顔出しとしたとたん電話が鳴り止まなくなる。予想を遥かに上回る反響にオレの心は躍った。今まで開店以来3ヶ月も経っているというのに、まだまだボウズの日も少なくなかったR・Mが彼女が入ったことによって、連日10本を下回ることがなくなったのである(微塵の疑いもなかったというのは本当は言い過ぎかも?) この自分自身もビックリした出来事は順調に続いた。このとき従業員と「たとえば1日に10万円の売り上げがあったとすれば1ヵ月休み無く営業すれば300万になる計算だ!」と話喜んでいた。単純な考えではあるが、その当時のR・Mにはそれを考えさせるだけの理由が、勢いがあったのだ。いい波に乗ったオレは気分もよかった。

広告代理店や他店の噂でによれば、超有名店であれば1日の平均本数約20本だということだ。1日10本で喜んでいる場合じゃなかった。ならば!とオレはさらに高い目標を掲げることにした。3月にオープンして以来、女の子の在籍も5人と増え6月、7月、そして8月…。順調に売り上げを伸ばし秋がやってくる。この業界では9、10月は暇な時期だ。それまでの勢いも少し落ち着き、あ○ねの出勤が無い日は徐々に売り上げも下がり、またボウズの日もあるという、以前の状態に近くなりポッカリと穴が開いたように売り上げを落としたが、その後11月になればまた平均10本前後と持ち直した(分かっていたことだとは言え正直ホッとした。首の皮一枚という感覚を体験した)

そして忘れもしない12月。順調に売り上げを伸ばし、それ以前では考えられない数字をマークした。なんと1日で32本という新記録を達成!その後もしばらくはこの売り上げを塗り替えることはできなかった。その理由はやはりあ○ねによるところが多いのだが、それ以外にも体験入店など順調に新人も増え、それにつれお客も増えていったということだ。顔出しの上タマがいることはもちろんだが、やはり風俗では新人の存在は大きい。常に新人を確保できる店が客足を伸ばす一番の方法なのである。そしてその新人を確保する一番の方法は…?この時点ではまだオレもそう出来ていなかったので、これについてはまた次の機会に話すとしよう。数字は順調に伸びまたもや取らぬ狸のなんとかを従業員としていたときである。広告代理店(風俗誌)の営業に「御社では1日どのくらいの本数ですか?と聞かれた時オレはつい「R・Mにとってはあまりよくない数字だけど、昨日は32本です」と見えを張った。シマッタ…、とは思ったが、過去に実績ある数字なので全くの作り話でもない(オレは間違っていないゾ!)そしてその数字を聞いた代理店営業は虚を突かれたように目を丸くしこう言った。

「その数字は今の広島デリで一番ですよッ!」自分よりもこの業界の情報に明るく、他店の事情を知る者に「広島一番」と言われれて悪い気はしない。だがオレの殊勝なところはこれで舞い上がるだけではなかったところだ。この言葉がオレの心の導火線に火を着け、オレの中のダイナマイトまで火が到達するのに時間はかからなかった。「すでに実績のある32本で広島一?オレなら5~60本にすることも軽い軽い。やってやるぜ!」と自分を奮い立たせたことだ。実際には10本にも満たない日も多くあったR・Mだが、なによりも自分の利益が先だったオレが、これを境に考え方が一変した。それまでは1ヶ月の売り上げの中からまず自分の生活費を抜き出しプール。「これぐらい行くだろう」という予測を立て、残こる(ハズの)金をあてに広告を打つという、自分の利益だけを追い求めていた自転車操業。それが広告を最優先しできる限り広告と求人を打つ。その残りが自分の給料へと変わっていった。各風俗雑誌に広告掲載ページを増やし、目標にしていた某店の大きな広告に負けぬ広告をと考え、ドカンと一気に広告を広げ爆発させた。すでにオレは広島一番になった気でいた。誰にも負ける気がしない思いだった。

年内は10本そこそこだったが年を越したあたりから順調になり、毎日電話の本数が増えていった。それこそ見る見る増えていった。やはり広告の効果は絶大である!そろそろ車が移動事務所では…、と思い(当然であるが)マンションを借り初の事務所を持つことになった。なったのだが、実はこのマンションの一部屋が事務所としての機能したのは1ヶ月未満だった。上の階が大家宅だというのを俺も含め従業員一同知らなかった。忙しくなり始め深夜などの人の出入りが多くなったころ、たまたま俺の留守に他の入居者からの苦情を言いに来た大家に対応し、従業員がR・Mについてのことを全てを話してしまい、「なにやら如何わしい店をされているみたいだが、これ以上苦情が続けば止めてほしい」と事実上退去命令を突きつけられたのだ。また移動営業車での営業にカムバックだ。落ち着いた正月を迎えることができる今の事務所を借りるのはまだまだ先の話だ。

初の事務所を借り、ホッと一息つけると思ったのも一瞬。事務所を追い出されたM氏。しかし今は順調に売り上げも伸び、一定の安定度も確保。業界でも一目置かれる立場へとなっていくのだ。

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